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越中富山の薬売りの歴史「廣貫堂資料館」【富山県】

オススメの観光スポット
廣貫堂資料館
富山県と言えば皆さんは何を思い浮かべますか?日本一の高さを誇る黒部ダム、新鮮な海の幸、昔ながらの名物ますずし、世界遺産五箇山合掌造り集落……。色々ありますが、富山の代表的な産業である製薬業を忘れてはいけません。今回はそんな富山の薬の歴史について学べる「廣貫堂資料館」に行ってきました。製薬会社廣貫堂本社の敷地内にあります。

小さな薬資料館


廣貫堂資料館
白壁土蔵造の建物内にある資料館は思ったより小ぶり。ワンフロアーの小さなものです。岐阜県にはエーザイの「内藤くすり記念博物館」があり、こっちは情報満載でかなり大きなものとなっています。廣貫堂資料館は内藤くすり記念博物館に比べれば小さいですが、貴重な資料や道具などが取り揃えられていました。

越中富山の薬売り


廣貫堂資料館
さて、「越中富山の薬売り」と言われるほど、富山の薬には300年以上の歴史があります。その歴史は今日にまで脈々と受け継がれ、今でも富山は"薬都"と称されるほど製薬業が盛んな地域になったのです。では、一体なぜ富山が薬で有名になったのか、ルーツはどこなのか見てみましょう。

有名にした「江戸城腹痛事件」


廣貫堂資料館
時は江戸時代、富山の薬を一躍有名にした事件がありました。それが「江戸城腹痛事件」。江戸城でたまたま腹痛になった三春藩主の秋田輝季氏に、富山藩藩主の前田正甫氏が、研究開発して作った「反魂丹(はんごたん)」を差し出します。すると、驚異的に腹痛が回復してしまったのです!これをきっかけに、富山の薬はよく効くと全国的に有名になったと言うわけです。

後払いシステム「先用後利」


廣貫堂資料館
その後富山の薬は「先用後利」と言う、独自の商法を使っての販売が続きます。これは、使った分だけ後払いと言うシステム。お得意さんの家に置き薬をしてもらって、次回訪問時に減っている分だけお金をもらうと言うものでした。当時は薬を買い揃えられるほど裕福ではなかったので、とてもありがたかったようですね。私の祖母が、昔は富山から薬屋さんが来たと言っていたのを思い出しました。

ルーツや歴史を学ぶ資料館


廣貫堂資料館
この箱が、各家に置かれていた使った分だけ薬屋さんが補充していく薬箱。手軽に薬が買えるようになった現代、時代が変わり今ではそんなシステムはもちろんなくなってしまったものの、こういった歴史があって今があることを勉強できました。富山の薬とはよく聞くけど、何で富山なのか全然知らなかったもんなー。

薬を作っていた道具


廣貫堂資料館
薬の作り方についても少しだけ展示が。江戸時代の製薬時に使われていた道具たち。当時は薬の材料を大阪の問屋から仕入れ、より良い薬作りに努めてきたそうです。全部手作業で作っていた当時の人が今の技術見たらビックリするだろうなー。しかし薬を作れるなんて、江戸時代から頭のいい人はいっぱいいたのね。

かわいいレトロパッケージな薬


廣貫堂資料館
昭和のレトロな薬のパッケージもずらりと展示されています。集めたくなるほどかわいい…。このレトロさは当時ならではのおしゃれ。と言うか薬として販売もされていたので、どこも悪くないけど買おうかと思ったし。見学者には栄養ドリンクのサービスもありましたよ。おいしく頂きました。ごちそう様でした。


住所:富山県富山市梅沢町2-9-1
営業時間:9:00〜17:00
定休日:年末年始、臨時休館日
駐車場:有り(無料)
関連URL:廣貫堂資料館



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