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天下分け目の合戦地「関ヶ原古戦場」【不破郡】

オススメの観光スポット
関ヶ原古戦場
岐阜ってどこにあるんだっけ?と言う人でも、関ヶ原と言ったらかの有名な、天下分け目の戦いが起こった「関ヶ原の戦い」を想像するんじゃないんでしょうか。他にも名産品や観光地があるのですが、何を置いてもまずはこの戦い。だって町全体が天下を分けた合戦の古戦場なんですから…。もう歴史の町と言っても過言ではありません。

歴史に興味のない人にとってはただの田舎


関ヶ原古戦場
訪れる度に「ここであの合戦が…」と想像してゾクゾクしてしまう私ですが、歴史に興味のない方にとっては退屈な場所になってしまうのであしからず。あくまでも"古戦場"なのでこれと言って特に何かがあるわけではありません。各武将が陣を置いていた跡地や墓、開戦地、決戦地などの跡があるだけです。

歴史に残る戦いの舞台


関ヶ原古戦場
とは言え、歴史(戦国)好きの方にとってはまさに聖地。徳川家康率いる東軍と、石田三成率いる西軍の戦いを体で感じることができますから。旗や家紋、石碑などが立てられているので、それなりの雰囲気も味わうことができます。

島左近陣跡


関ヶ原古戦場
笹尾山の下に陣を置いているのは西軍「島左近」。石田光成の家臣で、光成の片腕的存在だったようです。今から約400年前の1,600年、ここに島左近がいたと思うと感極まる思い。最初から大興奮。

騎馬隊から守る馬防柵


関ヶ原古戦場
島左近陣跡から歩いて笹尾山を登っていきます。昔はなかったでしょうが現在はちゃんと階段が作られており、そこまで高くない山なのでササッと登ることができます。騎馬隊に備えて作られた馬防柵が、当時の様子を想像させます。

笹尾山頂上の石田光成陣跡


関ヶ原古戦場
戦国時代は嫌われ者だったという噂もありますが、歴史ブームも相まって現在ではファンの多い石田光成。彼の陣地は笹尾山の頂上にあります。時代は変わったもののこの関ヶ原で戦いが行われたのは真実で、景色が変わったとは言え彼が見ていたであろう町並みがここに広がっています。胸が高鳴る思い…。敵対する徳川家康が陣を置いていた桃配山もここから見渡せますよ。こうやって敵の動きを見ていたのでしょうか。

なぜ「天下分け目の戦い」なのか


関ヶ原古戦場
豊臣秀吉が生きていた頃は、徳川家康も石田光成も秀吉に仕えていたにも関わらずなぜこのような戦いが起きたのか…。それは秀吉の後に自分が天下を取りたい徳川家康(東軍)と、秀吉の息子である秀頼を跡継ぎにしたい石田光成(西軍)だったため、二つの意見が真向から対立し、この勢力がぶつかってしまったことに始まります。どちらが勝っても天下が取れ、今後の日本を大きく動かすことが予想されたので、天下分け目の戦いと呼ばれています。

町が全部歴史的遺産


関ヶ原古戦場
もし小早川の裏切りがなければ西軍が勝っていたのか、はたまたこれは運命で、どんな状況であろうと東軍が勝ち、後に長く続く平和な江戸時代が訪れたのか。まさにその時歴史は動いたわけだ。歴史は歯車が少し狂えば全然違った未来がある不思議な因果があり、ロマンに溢れています。タイムマシンに乗って、歴史に名を残す本物の武将たちの姿を見てみたい…。

今回ご紹介したのは観光地化されているメインの陣跡だけで、町を回ればあちらこちらに様々な武将にまつわる跡地があります。もう少し回りたかったけど一つ一つ回っていると結構時間がいるので本日はこの辺で。近くにある「関ケ原町歴史民俗資料館」で歴史のお勉強ができるので、関ヶ原の戦いの概要を学んだ後に観光で回ると違った視点で楽しめるかもしれません。


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矢印

住所:岐阜県不破郡関ケ原町
駐車場:有り(無料)
関連URL:関ヶ原観光web



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